無気力の波にのまれる

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この記事は3月1日あたりから少しずつ書き進めたものです。
書き終えたのは3月8日。
それまでの出来事や気持ちです。
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今日も今日とて体がだるい。
代謝、分解しきれるはずのない大量の薬を飲んでいるからである。

疲弊した精神、何が私の心に負担をかけているのだろう。日常の記憶がぼんやりして掴めない。

先日のカウンセリングでは、カウンセラーに私は「私に何がありましたか?」と訳のわからない質問をした。この質問をしたのは初めてではない気がする。おかしなこんな質問を前にもしたと思う。

カウンセラーは私の質問に驚くことなく答えてくれた。何があったのかを大体の範囲で思い出せた。映画で主人公に何があったかの回想シーンが不鮮明ながらも映し出されているような感覚だった。

生きている現実を受け入れて、頑張らなくてはと何度も考え、その度に心が折れる。そして「何も考えたくない!」という状態に行き着き薬を詰め込む毎日。満たされない心は薬では補えない。薬では補えないし、何をしてもダメだと諦めている。だとしたら感情を麻痺させて今を凌ごうと、生き延びるために30錠、追加していくうちに60錠を超える毎日。

連続使用が35日ほど続いている。さすがに体が悲鳴を上げている。その悲鳴に声を傾ける、自分のSOSに気付かなければ。結局ODをするという結果は変わらないが、飲む量を調節することにした。飲んでしまっても30錠までと自分に約束をした。

数日前の診察で無気力の酷い状態が続いているのには原因があるのではと言われた。「何か思い当たる心に引っかかっていることはない?」
『きっとこれだろう』と確信を持てることが一つあった。

けれども私が悩んでいることなんて、人と比べれば小さなことで、自分のストレス耐性のなさに悲しくなる。人と比べる必要がないと分かっていても、比べてしまうのが人間の性だ。

この人より優れている、この人より辛い、この人より弱い
私はいつも自分の位置付けをする。

そういえば、ほとんどのSNSを消した。
消すに至った理由はたくさんある。

人と比べてしまうということに関連する話。
消した理由の1つ目。
私と同じくパブロンに依存している人がいた。私はパブロンを飲む時は少なくて25錠、多くて70錠ほど。その人は毎日のようにパブロンを飲んでいたが、私と比べて飲む数は圧倒的に少なかった。10錠15錠そのくらいだったと思う。私は月に1回肝機能の数値を測るために血液検査をさせられていて、そのことをツイートした日には「私も毎日15錠も飲んじゃって…肝臓がもうやばいから血液検査をしたい…けど家族にはバレたくない」と相談のDMがきた。
私からすれば10〜15錠ならまだマシだと思った。
タバコで例えるなら、私が1日1箱吸っていて、相手は1日5本以下の状態。1箱吸っている私に5本の相手が「タバコやめられないどうしよう」と言っているような感覚だった。

薬を飲む数が辛さと比例している訳じゃない。薬が少ない彼女の苦しみが少なくて、彼女より多く薬を飲んでいる私の方が辛いわけでもない。
そんなことわかっているけど、私がパブロンのツイートをするたびに「私も飲んじゃった…」と毎回リプが飛んでくるのが正直なところ負担でしかなかった。

同じ苦しみをわかちあおうという気にもならなかった。「私も」と毎回飛んでくるリプに対して、私がどんな風に返せば良かったのか、私に何を求められていたのかは未だにわからない。

プロフィール欄の病名の羅列。病名の多さのマウント。1番おもしろかったのは病名の羅列の中に「カンジダ膣炎」を書いていた人。

人から比べられると比べてしまう。
もうそんな生活やめたかった。
SNSを消してからはストレスが減った。

理由の2つ目は、HSPに当てはまる人にとってのSNS利用が過度な刺激になるということ。

通っているデイケアでのあるセッションで「自分の心と体を守る」というテーマがあった。その話し合いで、SNSをやめることがストレス回避になっているという意見が多数出た。

精神疾患を患っている人はHSPの特徴に当てはまることが多いようで、HSPにとってのSNS利用は私だけに限らず、ネガティブな内容や怒りのツイートが自分に向けられていると感じる人が予想以上に多かった。

SNSを消して1週間が経った。何かが劇的に変化したわけではないが、心が軽くなったように感じる。

Twitterをしていたからこそ出会えた大切な人たちもいる。15年くらい前までの世界では考えられなかったこと。そこで出会った人たちとは今後も仲良くしていきたいし、その人たちのことを考えればSNSをやっていたことを後悔することもない。


最後に3つ目
良くも悪くも他人に興味を持てなくなった。
今まで何回もSNSを消すことを考えたが、実行に移せなかったのは、友達の近況を知りたかった、気になっていたから。SNSをやめれば人の話についていけなくなるかもしれない。そう考えていた。

今まで人にしがみつく人生だったが、無気力な状態が続いている今は他人のSNSに興味が湧かなくなった。私が何をしていようと、友達が何をしていようと、それを知っていなくたっていいじゃないか、そう思った。

実はTwitterに関してはアカウントが常に10個ほどある状態だった。次々と削除をした。他人にしがみつくことがなくなったのはいいことだとしても、あまりにも興味がわかない、それはそれで何かが違う気がする。

とにかく、他人と比較する人生はもう終わりにしよう。
私は私の人生を生きる、生きなければ。

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